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川越のタウンウオッチング

いなぎエコ・ミューゼでは5月19日に、蔵のまち川越のタウンウオッチングを行いました。ふだんは市内を中心に行っているのですが、久しぶりの市外遠征でした。

案内人は、細内さんのコミュニティ・ビジネス講座で知り合った東海林信篤さん、専門は建築で以前は民間で仕事をされていたのですが、数年前に世田谷区役所に転職したというまちづくり人です。生まれも育ちも川越で、川越スカラ座が廃館になるのを知り、仲間を募ってNPOを立ち上げ、そこの運営にも関ってきた方です。今は後進に道を譲っていますが、その初代理事長だったそうで、今回のウオッチングの目的の一つが川越スカラ座を見ることでもありました。

川越には数十年前に、仕事の関係で一度だけ訪れたことがあるのですが、その時の記憶では、ただ古いだけで、どちらかと言うとダサイ街という印象しか残っていませんでした。ですから、エコ・ミューゼで川越へという意見が出た時には、いまさら何で川越なのという感じで受け止めていました。ところが今回訪ねてみて、その変わり様に驚いています。

その辺のいきさについては、「川越一番街商店街 まちづくりストーリー」に詳しく載っていますので、興味の有る方はぜひ読んでみて下さい。(ネットで検索すると出てきますので)私を驚かせた川越の取り組みが、一朝一夕のものではなかったことが、これを読んでよく分かりました。

正直私は、川越一番街商店街にアレキサンダーの『パタン・ランケージ』をベースにした「町づくり規範」なるものがあったことすら知りませんでした。
そして「まちづくりストーリー」の最後の方には、「川越一番街商店街の人気を耳にした新たな商業者が出店してくるようになり、一番街商店街では、「町づくり規範」がハードだとすれば、今後は商人の心得のようなソフトの部分の規範も必要だと考え始めています。また、町並み委員会は、業種選択や空き店舗の斡旋までできるように、商店街から独立した組織を目指していきたいと、次のステップを見据えています」とあり、これからどう進化していくのか、目が離せないと感じました。

そして今回歩いてみて、川越一番街商店街の取り組みが、周辺商店街の取り組みや川越市のまちづくりにも、様々な波及効果を及ぼしていることがよく分かりました。いっぺんで川越ファンになってしまいました。
最後になりますが、単なる物見遊山ではないという私たちの目的に合わせて、適切にコースと見学や食事の場所を選んでくれた東海林さんに感謝しております。

歩き始めは川越駅から続くクレアモールでした。ここは比較的新しい街で、居酒屋が目立っていました。ユニクロなども出店していて、地元の若者が遊んだり市民の日常生活を担っている商店街のように思えました。沿道には沢山のマンションが建っていてましたが、それがどれも道に直に接していないので好感が持てました。

01歩きはじめ.jpg

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ここでスカラ座の案内板を最初に発見、スタッフが3輪自転車を使ってポスターを貼っいるそうです。

02スカラ座の看板発見.jpg

クレアモールを過ぎると次は「大正浪漫通り」、その先にある蔵造りの街並「一番街」に挟まれ一番賑わいのなかった商店街ですが、いま盛んにまちおこしが行われているということでした。

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途中右に曲がってすぐに茶陶苑、陶磁器のギャラリーですが時々ここでライブなども行われるそうです。

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茶陶苑前通りの写真ですが、こんなふうに昔の建物に挟まれると、真ん中の今ふうの建物が、ちょっとかわいそうな感じがしてきます。

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今は居酒屋なのですが、店の真ん中にレールが、昔は何の店だったのでしょうか?

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そしていよいよ一番街へ、後方の建物は埼玉りそな銀行

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昼食は今ふうのビルの2Fにあるイタリアンで、実はここからの眺め(次の写真)がいいのです。

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12蔵町通り2Fから.jpg

14時計塔.jpg

15道路案内標識.jpg

川越市で唯一国の重要文化財の指定(1971年)を受けている「大沢家」、こうした蔵造りの価値に対する評価が、その後のまちづくりの呼び水になっていきます。

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17蔵町通り1Fから.jpg

そんな街並に突然安藤忠雄ふうの建物がと思ってパチリ。隣にいた東海林さん「安藤忠雄さんの弟さんが設計した建物なんですよ」なるほど・・・実はここ欄山記念美術館です。その横が露地になっていて通り抜けができ、露地に沿って立ち飲みのできるワインバーなどもある、なかなかおしゃれなスポットでした。

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19欄山美術館横道.jpg

菓子屋横町・・・有名なスポットらしいですね、私は初めて知りましたが。ここがあることで川越の奥深さと多様さに貢献しているように思えました。実はここで稲城の方とバッタリ遭遇。

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なんじゃコリャ

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スカラ座に到着。小川代表があいさつし、さっそく賛助会員になりました。

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郵便局もポストも市民バスも景観に配慮・・・。

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25そしてポストも.jpg

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東海林さんお薦めのスポット、今度行た時にはここで飲みたい!

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なんじゃコリャ(その2)

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ここも保存運動が起きているそうです。

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ウオッチングの終わりには反省会を兼ねた飲み会をいつも行うことになっているのですが、この日の場所は東海林さんが小江戸「蔵里」にセットしてくれました。鏡山酒造の酒蔵跡を市が買い取り、(株)まちづくり川越が、指定管理者として運営しているそうです。

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31料理.jpg

32店の全体雰囲気.jpg

蔵里の横で記念撮影

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駅への途中、呼び込みのおねいさんにカメラを向けたら、最初は顔を隠していたのに遂にはこのとおり、入りたくなる店ですね。

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駅に着く頃にはすっかり夕闇が迫っていました。

35夕闇せまる川越駅前.jpg
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クーペ&Shifoのライブ in ISHIKAWA

早いもので石川公演からもう一週間が経ってしまいました。帰って来てからの忙しさのせいか、何だかずいぶん前のことのような気がします。
音楽を通じで勇気や励ましを届けに行ったはずなのに、逆に私たちの方がたくさんのモノを頂いてきたような気がしています。それは自分にとってとてもいい体験で、書きたいことは沢山あるのですが、まだ漠然としていてまとまりがつきません。そんなわけで、今回は取り敢えず写真だけをアップすることにしました。

どの写真を見ても笑い顔がいっぱいで、そのことからだけでも今回の公演の意義が推測できるのではないでしょうか。事前準備に始まり券の販売、当日の運営に携わってくれた地元の方々、そして資金面で応援してくれた方々、そうした多くの方々の協力がなければ、とても成功は覚束なかっただろうと思います。本当にありがとうございました。

12日の夜は私の弟が須賀川市内で経営する中華料理店「栄欄」で前夜祭でした。

01栄欄1.jpg

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当日は午前9時から機材の仕込み、10時頃から音合わせでした。

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チェロのサチホさんがホワイエで柔軟体操を・・・

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その日の朝、西さんが突然やってきました。サプライズでしたね。

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昼は実家の弟が前夜3時までかかって打った日本蕎麦をごちそうになりました。さっそく西さん(西さんも蕎麦打ち名人で、時々GANBAROUで蕎麦の会を催してくれるのです)が賄いの手伝いをしていました。

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実家、丸久化粧品店の前で記念撮影

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本番前のリラックスタイム。実家から会場までは歩いて5分、その途中、私が通った小学校跡地に隣接する近津神社で成功の祈願をしました。

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午後3時、本番開始

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09Shifo本番.jpg

09続橋さん.jpg

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打上げの冒頭、元参議院議員の会田長栄先生から温かいお言葉をいただきました。

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以下打上げ風景です。

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駆けつけてくれた中学時代の仲間

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同級生のタミヤさんも大熱唱

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最後まで残った方だけで記念写真

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その後も内輪だけの宴会は続きました。

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14日、出発前のホテルロビーで

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そしてホテルの前で記念撮影
私は残務整理のために石川に残りましたが、他のメンバーは浜通りへ出て、被災地の様子を目に焼き付けて帰りました。

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その日、街を歩いていたら、何人もの方から「とても感激しました」というコトバをかけていただきました。それがとても嬉しかったです。
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コンサートのため明日故郷へ

昨日から13日に行われる「クーペ&Shifoチャリティーコンサート in ISHIKAWA」の当日会場で配る資料を印刷しています。裏には「がんばろう」の歌詞を印刷し、みんなで歌うことになっています。

資料の印刷.JPG

当初は資料を作るつもりはなかったのですが、「何にもねいんじゃ、かっこつかねバイ」という田舎からの指示で私が用意することになりました。これを持って明日の朝田舎に出発します。

クーペさんたち演奏者とスタッフ約10名は、今夜こちらを経って、明日12日に、原発事故のために会津若松市に避難している大熊町の方々のためにコンサートを行い、終わったらすぐそちらを出発し、石川で私と合流することになっています。

準備した入場券300枚はすでに完売だそうで、おそらく会場は満杯、きっと盛り上がるコンサートになることでしょう。楽しみです。

夜は、クーペさんたちが宿泊する宿・猫鳴温泉井筒屋で、地元の人たちを交えた打上げを予定しています。聞くところによると、中学校時代の同級生なども駆けつけてくれるようで、総勢40人ぐらいになる見込みです。巨大GANBAROUが突然石川に出現、そちらもまた楽しみです。
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タケノコ掘りで思ったこと

里山の連休中のメイン事業はタケノコ掘り、4月下旬から5月初旬にかけて、3〜4日おきに5回行います。とても人気があって、毎回抽選になるほどで、例えば4月30日の3回目は、41家族(約130人)の参加がありました。

今年は大豊作でした。

たけのこ1.JPG

ところが4回目の5月3日は早朝から大雨、里山用の携帯電話は7時頃から鳴りっぱなしでした。こんな時は一応中止ということにするのですが、でもそんな雨でもやって来る家族は必ずいるのです。ですから私たちは山で待機しています。

案のじょうこの日も、7家族がやってきました。その中に、名簿には4人とあるのに3人だけの家族がいて、「3人ですね」と言うと、「いえ4人です」との返事、エッと思ってよく見ると、お母さんの背中のポンチョーがわずかに膨らんでいました。何と赤ちゃんを背負っての参加でした。

このお母さんに限らず、この日やって来た7家族の若い親たちのガッツぶりには見慣れている私も脱帽でした。今時の若者は軟弱などといいますが、どうしてどうして・・・。

それでも普段里山事業をやっていると、やっぱり気になることはいろいろあります。例えばタケノコ掘りのことで言えば、持ち帰ってもらうタケノコを希望者には大鍋で、皮付きのまま茹でてあげており、そのために前もってタケノコに小刀で目印を彫ってもらうのですが、その小刀を扱う若いお父さんの手つきがかなり心もとないのです。

大分前に、銀座で「子どもとの遊び方教室」を開いたら大盛況だったという新聞記事を読んで、ヘェ〜と思ったたことがありました。そんなことまで教えないと自分の子どもと遊べない親がいるということに対してです。

実際、里山にやってくる若い父親の中には、何もせず、妻と子どもが体験している様子をただ見ているだけという人もいるのです。そうしたお父さんを見ていると、子どもの頃、受験勉強に追いまくられて、遊びを何もしてこなかったんだろうなぁ〜と、考えさせられます。

ですから、里山では危険でさえなければ、子どもたちに何でもさせるようにしています。今回も鍋の火燃しをさせたら、数人の子が嬉々として手伝ってくれました。

たけのこ2.JPG

茹で終わったタケノコの甘皮を食べさせます。すると、みんなおいしいのでビックリ・・・。

たけのこ3.JPG
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南三陸町移動図書館バスのペインテングPJ

この話がきたのは、コレクティブハウジング社(CHC)の狩野さんからでした。CHC社では、南三陸町の仮設住宅に住んでいる方々を支援しようと、「仮設に“はな”を咲かせよう。そして、これからのまちづくり・暮らしづくりにつなごう」プロジェクトを進めてきています。そんな縁で町の図書館職員から、移動図書館バスに絵を描きたいのだが、という相談があったようです。

ペンキ屋経験のある私に白羽の矢がたったのが、私は体力的に無理、その代わりにと、娘と娘の友人を派遣することにしました。

南三陸町では図書館が津波で流されて、角田市から寄贈された移動図書館バスで業務を行っているのですが、バスには角田市の名称もバスの愛称も残ったまま、そこで名称を書き替えると同時に、津波で流された公園の思い出である、モアイ像と機関車の絵を描いて欲しいというのが職員の希望でした。

モアイ像と機関車の組み合わせって何だか雲をつかむような話で想像もつかないので、ラフでいいですから絵を描いて欲しいとお願いしたら、出てきたのがこの絵でした。この絵だけでいきない現地に乗り込んで絵を描くわけにもいかず、2人には現地でバスを見ながら打合せをしてもらうことにしました。それが4月の初旬でした。

ペインティング案001.jpg

娘の友人はその時の印象をブログにこう書いています。
「ある程度の覚悟はしていたけれど、自分の中にあったかすかな望みさえも打ち砕かれるほどあたりは1年経った今でもひどい状況でした。
最初は目に入る光景が自分の中で拒絶し、受け入れることができませんでした。次第に時間も経ち、現地で活動する方とお話したり、現地で暮らす方の姿を見たりしていてようやく自分の中で受け入れることができた時でした。
私はカメラのシャッターを切りながら泣いていました」

最初にこのプロジェクトの相談を受けた時に理解できなかったのは、なぜなぜモアイ像なのかということでした。ところが、ごく小さく記事でしたが、新聞にそれに関連する話が載っていました。チリの大統領夫妻が、津波で壊されたモアイ像の代わりに、新しい像の寄贈を約束するため南三陸町を訪れるという記事です。この記事を読んでやっとモアイ像との繋がりが分かりました。

公園にあったモアイ像というのは、チリ地震からの復興を願い、チリ共和国との友好を記念して町が設置したもので、その広場は、「チリ広場」として町の人々に親しまれていたそうです。ところが今回の津波でモアイ像も壊れてしまったとのことです。

娘たちは1日の明け方に、「やっと終わった」と南三陸町から帰ってきました。最初の訪問からまる1か月かかったことになります。というのも、描けるのは週末だけ、しかも南三陸町までは車で10時間もかかります。毎回金曜の夜にこちらを出発していたのですが、雨で作業が中止になることもありました。

大変な作業でしたが、でも若い2人にはいい経験になったことでしょう。

モアイ像側前面.jpg

正面.jpg

機関車.jpg

モアイ像.jpg

そしてこれがペインテング前の写真です。比べてみると効果の程が分かりますね。

元の写真.jpg
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本気で向き合う教育

新聞の論壇時評で、高橋源一郎さんが「ぼくには『常識』がない?」というタイトルで発言していました。サブタイトルは「入学式で考えたこと」
その文章は「1年前、長男が小学生になった時の入学式のことだ」で始まっていて、「最初に、校長先生が、舞台中央の演壇に向かって深くお辞儀をした。でも、演壇にはなにもない。『はて?』と思って、よく見ると、左奥に日の丸の旗がある」と続きます。

続いての国家斉唱も含めて、自分にはその意味が分からないというのです。半月前の保育園の卒園式では、子どもたちがたくさんの歌を歌い、それがみんな子どもたちのための歌で、あんなに感動したのに・・・小学校の入学式で歌うのは、子どもたちのための歌じゃない。そして、この式は子どもたちのための式ではない・・・そんな疑問をもったと言います。

高橋さんは、国旗掲揚や国家斉唱について述べているわけではありません。ただ、そのことに象徴されるように、入学式が、エラい人のために行われているのではないかという疑問を提起しているのです。

私の妻は長い間小学校の教師をしていましたので、現役の時(勿論今もですが)に同じようなことをいつも聞かされてきました。
・学校の現場が管理的になり、校長や教頭はいつも上ばかり見ている。
・授業は本来子どもたちのためにあるべきなのに、オエラいさんが見に来るからと、そのための準備に貴重な時間を割かなければならない。
・その結果、じっくり子どもたちと向き合って授業をすることができなくなった。
・ わくわくするような学校行事もできなくなった。以前は凧の会の方を指導者に招いて、クラス単位で連凧を作り、飛ばしにいくような行事もよくやっていたのに・・・。
・ いわゆるモンスターペアレンツから苦情があっても、上の人たちは全く庇ってくれず、体裁だけをつくろうとしている。

昔は子どもたちのことを嬉々とし話してくれたのに、いつの間にかそんな話が多くなってしまいました。ですから、入学式だけがエラい人のために行われているわけではなく、日常の教育そのものが、子どものためというよりは、上のエラい人の方を向いて行われるようになってしまっていることが問題のようです。

教育にとってもっとも大事なことは、教師が子どもたちと本気で向き合い、教え、学び、喜び、感動し合うことであるはずです。そして、おエラいさんに求められる一番大事な役割は、そのための環境を整えてあげることではないでしょうか。

余談ですが、一昨日たまたまテレビを付けたら「若者たち」の映画をやっていて、懐かしくてついつい見てしまいました。そして、時には殴り合いまでして兄弟同士が本気で向き合う姿に感動してしまいました。
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Stand by me 時代の同窓会

福山市に住んでいるStand by me の元従業員だったのり子が、月曜の夜GANBAROUに行くので久しぶりに私に会いたい、というFacebookからのメールがあり行って来ました。Facebook繋がりってこういう時に威力を発揮しますね。実に久しぶりなのにいつも会っているような感じがします。

GANBAROUに入る前に浜っ子鮨で腹ごしらえ、以前娘を連れて行った時には団体客と配達でカウンターの中は殺気立っていましたが、この日は月曜日、しかも雨ということもあって、客は1組だけ、その客も私が座ると間もなく帰っていったので、大将とは初めてゆっくり話をすることができました。
そこへ客が、と思って入口を見ると、なんとクーペさんがのっそり入ってきました。オイオイ自分の店はどうなったの?

GANBAROUはその日シャンソンディー、店は歌う淑女でいっぱいでした。淑女たちが帰る頃にのり子が同じくピースボートの友人を伴ってやってきました。
Stand By Meを辞めた後、NHKホールでの公演の時に彼女とは一度会っています。私は事前に席を用意していたのですが、当日券で入って来た彼女の席が偶然にも私の隣、思わす2人で顔を見合わせてしまいました。。

間もなくマクを電話で呼び出し、Stand by me 時代の同窓会となりました。
以下その時の写真です。

ガンバロウ1.JPG

典子1.JPG

典子2.JPG

4人で.JPG

3人で2.JPG

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店を閉めてから浜っ子の大将も参加、ドラムはおなじみゴンちゃん

大将.JPG
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クーペ&Shifoチャリティーコンサート in ISHIKAWA (5月13日)

私の故郷、福島県石川町でのクーペ&Shifoチャリティーコンサートの中身がかたまり、地元では大勢の仲間がすでに券を売るために奔走してくれています。私にとっては、それが何よりも嬉しいことです。
今回のコンサートについては、Shifoちゃんが自分のブログでその思いを綴っています。でも私のブログしか見ていない故郷の仲間にはその思いが伝わらないので、Shifoちゃんの文章をそのまま以下に載せることにしました。

ちなみにShifoちゃんのブログはここから見ることができます。
http://blog.goo.ne.jp/shifo_2006/

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来月の福島チャリティコンサートの概要が決まりました!

2日間行ってきます。
どこまで届けられるかわかりませんが
私たちの思いが少しでも届くように・・・

そして心意気に乗ってくれて
無償で参加してくれるミュージシャンの仲間達
心強いです!!

一緒に届けてまいります


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~大熊町の仮設住宅のみなさんに向けて~
クーペ&Shifoチャリティコンサート in会津若松
日時:5月12日(土)
開場:14:30 開演:15:00

場所:一箕町長原地区仮設住宅 北川集会所
   福島県会津若松市一箕町大字松長字下長原200番地

出演:クーペ&Shifo 鼓遊(和太鼓) 大塚幸穂(チェロ) 小林賢一(ベース)
   原創平(ドラム) 権太夫(パーカッション)薄田真希(フルート)

入場料:無料
お問い合わせ:GANBAROU 042ー306-5515(19:00~)

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5月13日 クーペ&Shifoチャリティーコンサート in ISHIKAWA
日時:2012年5月13日(日)
開場 14:30 開演 15:00

場所:石川共同福祉施設 ホール

出演:クーペ&Shifo 鼓遊(和太鼓) 大塚幸穂(チェロ) 小林賢一(ベース)
   原創平(ドラム) 権太夫(パーカッション)薄田真希(フルート)

入場料:1,000円
主催:クーペ&Shifoチャリティーコンサート実行委員会(代表:生田目攻洋)
後援:石川町文化協会、町民ニュース、夕刊いしかわ
問合せ:丸久化粧品店(0247−26−2215)

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大熊町のご縁をいただいたのは
大日本住友製薬の斉藤室長のおかげ

石川町でできるのは後援会会長のこうようさんのおかげ

このかたたちが動いてくださったから
形にできること感謝しながら
伝えてきたいと思っています
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会話の主導権は「聞き上手」が

数日前に読んだ新聞のコラム欄、悩み相談の形式をとっていて、相談内容は「会話とは対等のはずなのにいつも相手に主導権を奪われ、自分からうまく話せません。上手な会話のコツはありますか?」というものでした。

回答者しているのは明川哲也さんで(芸名のドリアン助川の方がよく知られていますが)、こんなふうに答えていました。
「上手になってはいけないものが、この世には3つある。一人バーベキューと無免許運転、そして会話。なぜ会話かというと、自分自身がそうなのだが、パーティなどでみんなをどっと笑わせたりする人に限って、帰路はなぜか虚しい、哀しい。本当に有能な人はむしろ聞き上手、これは一見、相手に主導権を与えているようで、実はその逆」

なるほどと納得、でも納得はしたものの、聞き上手も主導権を握れるほどになるには、そう簡単なことではないだろうなぁ〜とも思いました。「糠に釘」「暖簾に腕押し」、あるいは「聞き殺し」ではダメなわけですから・・・。

私の回りにも何人か、主導権を握れるような聞き上手名人がいますが、その人たちのことを考えてみると、やっぱりそれなりの能力みたいなものを持っているような気がします。アッ、この話ならアイツにしたらきっと面白がってくれるし、盛り上がるだろうなと期待させる能力です。一人一人思い浮かべながらその能力みたいなものは何だろうと挙げてみると、どうやら次のようなことのような気がします。

・思慮深く、深く読み取りながら聞いてくれる
・相手を受け入れるための懐が広い
・ユーモアがよく分かり、面白がってくれる
・知識の幅が広く、どんな話題も受け入れてくれる
・先入観を持たないで聞いてくれる
・何ごとにも興味をもち、どんな話題にも反応してくる
・反論があっても、取りあえずは受け入れて聞いてくれる

そんな能力を持っているにもかかわらず、自分からは積極的に話さない、時々ボソっと言うだけ、でもこのボソが効くんですよね。会議などで意見が分かれた時にも、このボソが決め手になることがよくあります。

そうか、今気づいたんだけど、これってファシリテーターに求められる能力と同じだね。
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故郷でのクーペ&Shifoコンサート打合せ 第2回目

10日から今日まで田舎に行ってきました。5月13日に行われるクーペ&Shifoチャリティーコンサートの第2回目の打合せのためです。

桜も期待していたのですが、まだこんな感じでした。

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昨年、某製薬会社がスポンサーになって、原発事故で会津若松市に避難している大熊町の町民のために運動会を開いたのですが、その会場にShifoちゃんがサプライズとして呼ばれ演奏を行ったことがあります。そんな縁で今年は自分たちだけで大熊町の方々に音楽をプレゼントしようということになり、前日の12日に若松市でコンサートを行うことになったのです。そしてせっかく福島まで行くんなら、ついでにKoyoさんの田舎でもチャリティーコンサートを行いたいねということになり、私がその受け入れ態勢を作る役目を仰せつかったというわけ。

1か月前に最初の打ち合わせを行ったのですが、ポスターやチラシ、チケットが出来上がったので、今回はPRとチケットをどんなふうにさばくかという作戦会議でした。前回のメンバーに加え、同級生のカズヨシさんとヒサシさんにも新たに参加してもらいました。もちろん前回同様飲み会付き、というより端から飲み屋が会場でしたが・・・。

打合せ1.JPG

打合せ2.JPG

いったいクーペ&Shifoってどんな音楽やるの?対象は若者?それとも中年以上なの?それがみんなの一番の関心事でした。というのも、それを知っていないと券を売るときの説明に困るわけでから。でもこのユニットの説明する方は大変、「演歌でないことは確かだね。まあ、ポップス系というのが正しいのかな。クーペが詩を書いてShifoが作曲するというパターンだから、シンガーソングライターとも言えるだろうな。でもジャズでもボサノバでも何でもやるよ・・・」といったぐあい。

なにしろ田舎のこと、ましてメンバーは私とほぼ同世代、前回も説明したのですが、なかなかうまく伝わらない・・・というわけで今回はCDを数枚持参してみんなに配りました。

今日から一斉にPRとチケットの販売活動を始めようと取り決めてあったのですが、私が車で帰路につく頃にはもうすっかり話題になっていました。というのもケンちゃんの町民ニュースが朝刊でさっそく記事にしてくれたからです。なにしろ地元では最強の布陣ですからね。これなら間違いなく会場はいっぱいになることでしょう。

商店街のあちこちにもうポスターが張られていました。

ポスター.jpg

ついでに、これが私の実家です。

実家.jpg
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