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西岡棟梁の「鬼に訊け」

今日の新聞に西岡常一さんの記録映画「鬼に訊け」が紹介されていました。監督は山崎佑次さんで、3月2日まで渋谷のユーロスペースで上映されるそうです。絶対に見に行きます。

実はもし私が生まれ変わったら絶対に宮大工になろうと思っていて、そのことをさっきFace book に書いたら、やたら突っ込まれてしまいました。今からでも大丈夫とか、格好はすでに棟梁並とか・・・。でもあすがの私も今からでは無理でしょう。

西岡常一さんは法隆寺の棟梁の家に生まれた方で、数年前に亡くなられましたが、その技法を伝えるべく沢山の本も書いています。

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そこに書かれていることのどれもが感心することばかりなのですが、中でも一番心に残っているエピソードの一つに次のような話があります。

常一さんは祖父に仕事を仕込まれます。その祖父には男の子もいたのですが、当時は法隆寺の棟梁といえどもまともに食べてはいけず、誰も後を継ぎませんでした。ですから常一さんの父は養子でした。

常一さんは中学生の時に宮大工になることを決意します。そして祖父に工業高校へ行きたいと言うと、即座に宮大工になるなら農業高校へ行けと言われるのです。「木を知らないやつは宮大工にはなれない、土を知らなければ木を知ることはできない」というのがその理由です。すごい話ですね。

そして、高校を卒業して1年間農業を経験してから宮大工として祖父に弟子入りするのです。他にも法隆寺の宮大工として伝えられてきた口伝がたくさんあり、どれもこれもすごい話ばかりです。

大工に限らず、こうした建造物に関わった職人さんたちの名前は後世に伝わることはありません。歴史書のどこにも個人としては登場しません。でも、何百年後に解体修理する時に「ああこの職人はいい仕事をしていたな」、そう思われたい一心でいい仕事をするのだと言うのです。それが匠のプライド、あるいは品性というやつなのでしょう。最近の物作りとは心構えが違います。
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そろそろ終息かな・・・

先週の日曜日に始まったインフルエンザ騒動ですが、昨日から娘が職場復帰、妻も夕方には熱が下がったようなので、そろそろ終息を迎えそうです。ただし、私が罹らなければの話ですが・・・。

それにしても主婦の仕事は大変だなぁ〜と実感させられた日々でした。
今日だって、まず起きてすぐにワビスケを外に連れ出しおしっこをさせて食事、その間にお湯を沸かしておいて、仏様にお茶とご飯、花の水換え、その後朝食を作って妻の寝ている部屋に運んでから自分の食事、食器を洗って乾燥機に入れて次に洗濯干し・・・

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まあこの辺まではいつものことなのですが、今朝はやっと薄日が射してきたので急いで雨戸を開け、孫たちの寝ていた布団を干しました。
その間に電話、慌てて戻って電話に出るとキリスト教の勧誘でした。「関係ないですから」「どうしてでしょうか?」(実に丁寧、でもしつこい)「うち真言宗なの・・・」ガチャン。ちょっとキレそう。やっと布団を干し終えたらもう曇っていました。(涙)

やれやれと一息ついたら、もう昼飯の時間でした。
ふと里山での農作業のことを思い浮かべました。農作業の極意と同じ、あれもやろう、これもやろうと、ずっと先のことを考えながらやってはいけない。とりあえず目先のことだけを考えて無心にこなす。そして気がついたら終わっていた。そういうやりかたがいいのではないでしょうか。しかもどちらの仕事もエンドレスですからね。やりきれなかった仕事には目をつぶる。知らない振りをする。実は掃除機の仕事も残っているのですが、ホコリで死ぬようなことはないですからね。

話は変わりますが、孫が来ていた時から私の布団は1階の炬燵のある部屋に引きっぱなしにしています。これってすごく便利、何だか学生時代の万年床を思い出します。仕事が一段落したら敷き布団を座布団代わりにして炬燵に入り、本を読んだりパソコンを打ったり・・・もう最高です。夜風呂に入ってからもそこでグダグダと過ごし、眠たくなったらそのままゴロリ、こういう横着な生活はタマリマせんね。

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私がそんなふうにしているとワビスケは必ずやってきて、私の掛け布団の形を入念に直してから、そこに陣取って寝ています。ワビスケにとってもここは至福の場所のようです。(妻からは布団を干せと厳しく言われています。ハイ、そのとおりですね。)
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インフルエンザの猛威

娘の家族と我が家とで7人、その7人中5人がこの一週間でインフルエンザにやられてしまいました。先週の日曜日に娘から40度近い熱という電話があったのが始まりでした。それじゃぁ孫たちの面倒をみることができないだろう、病気をうつしてもいけないと思って2人の孫を我が家に引き取りました。

案の定、その後旦那もインフルエンザに罹ったという電話。連れて来てよかったと思っていたら、火曜日の夜から下の孫が発熱、翌日医者に連れて行ったら、ホンコンA型という診断でした。やむを得ずその子だけを家に戻しました。

ところが翌日、何と我が家の下の娘までもがインフルエンザに・・・2階の自分の部屋に隔離しておいたのですが、今朝になって今度は妻までが発熱、医師の診察を受けていないのでまだインフルエンザかどうかは分からないのですが、でもたぶんそうでしょう。

これじゃあ孫を我が家に避難させている意味がないと思って、昼過ぎに車で自宅に送り届けてきました。あまり泣き言をいう子ではなく、昼間は元気で遊んでいるのですが、でも夕方になると「ママに会いたいなぁ〜」などと独りごとを言っていましたから、夕闇が迫る頃になると寂しくなってくるのでしょう。

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昨日から写真のような、家族一人一人(左から自分、弟、ママ、パパなのだそうですが)へのお土産を一生懸命作っていました。自宅に着くとそれを得意げにかかげながらドアの向こうに駆け込んでいきました。

私も数日前から鼻風邪気味なので、ビクビクしています。うがい、手洗い、マスク、そして夜の胃の消毒も励行しているのですが、さてどういうことになるのでしょうか、今はまな板上の鯉といった心境です。
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山折哲雄さんの「法然と親鸞」

久しぶりに難解な本を読みました。好奇心が満たされるだけで、生活する上で何の役にもたたないとは思っているのですが、でも好きなんですね、この類の本が・・・。

でも序の部分はまるで小説でも読んでいるように面白かったです。
山折さんは京都の下京に住んでいるそうで、ある日散歩で西洞院通を歩いていたら、自宅から5、6分の辺りで「道元禅師御示寂之地」という碑を見つけます。ところが別の日、今度は自宅から7、8分のところで、「親鸞聖人御入滅之地」という碑を見つけ、そのあまりの近さに驚いたそうです。

親鸞が関東の地から戻ったのが、1235年、63歳の時、一方道元が中国留学から帰国し、伏見に興聖寺を開いたのが1233年、34歳の時です。もしかしたらこの2人は、自分が今住んでいる西洞院通りを歩き、すれちがっていたかもしれないと山折さんは書いていますが、それを読んだ私も、2人はどんな顔をしてすれ違ったのだろう?もしかしたら言葉を交わしたかも知れないなぁ〜、どんな会話をしたのだろう?などと思わずいろいろなことを想像してしまいました。

ところがそんなロマンチックなことを考えていられるのはその辺りまでで、本論に入るとなかなか一筋縄ではいかない本です。そんな中で山折さんが言いたかったのは次の2つの論点であるような気がします。
一つは、法然と親鸞の人間観の違いについての論点、もう一つは、法然の死後、法然の遺産(人格)を分割相続するか、単独相続するかという論点です。

仏教には、「正法」「像法」「末法」という三つに段階を経てしだいに衰退の道をたどるという歴史観があり、そこには終末論的な意識が反映されています。
「正法」は釈迦がまだ生存していたとき、あるいは、釈迦滅後であってもその教えが生きていたときの黄金時代。「像法」とは、釈迦の亡きあと、修行を重ねる阿羅漢たち、すなわち努力し奮闘する聖者や賢者たちの時代。そして「末法」とは、もはや持戒の僧はどこにもみられず、いたるところ、戒律を破る破壊の比丘(びく=僧)がいるばかりの時代なのだそうです。

法然も親鸞もこの末法の時代を生きた僧です。そして浄土宗は、その末法の時代を生きる生き方を説いた宗教です。すなわち、現実を直視し、それを受け入れよ・・・という仏教哲学が根底にあります。正確には「末法灯明記」という当時ひそかに読まれていた書物に書かれている考え方のようですが、その書について山折さんは「逆説を腹中にのみこんで、平然と生きよ」ともきこえると書いています。

しかしながら、法然は生涯を終えるまで「持戒」の僧であり続け、親鸞は「破戒」の人生を歩いた僧です。そうした2人の相克と、法然の遺産を親鸞がどう分割ではなく単独相続し、浄土真宗の道を切り開いていったのかを、宗教学的に論じた書とでも言うのでしょうか。

それにしても「現実を直視し、それを受け入れよ」とは、何だか実存主義哲学とも似ているなァ。
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Facebook

今夜は昨年11月から進めている全10回のコミュニティビジネス講座(講師:細内信孝さん)の2回目・・・というわけで昨夜から資料を印刷するなど準備を進めてきました。ところが細内さんの奥さんから電話があり、朝から嘔吐が激しく、今日の講座は中止にしていただきたいということでした。
悪い風邪でもひいてしまったのでしょうか。急いで参加者全員に電話連絡をしたのですが、そんなわけで突然ヒマができました。

実は1週間前ぐらいからFacebookを始めました。娘から誘があったので、どんなものかと試しにやってみることにしたのです。
以前に一時mixiもやったことがあったのですが、mixi側で勝手にシステムを改良(?)したため、当時使っていた古いOSでは(マックの9)レイアウトがグシャグシャになってしまい、操作することもできなくなってしまいました。古いPCの使用者を切り捨てるそんなやり方ならこちらからおさらばと止めてしまいました。

Facebookを立ち上げてまず驚いたことは、いきなり、「あなたの知り合いかも?」と数人の名前が表示されたことです。たしかに良く知っている方が何人もいました。でもこれってかなりヤバイことなのではないですかね。だって私のPC情報が見られているってことじゃないですか。

わけが分からずに始めたので今でも手探り状態なのですが、最初に戸惑ったのは「ウォール」の意味と使い方でした。今にして思うと壁新聞みたいなもので、友だちなら誰でも勝手にそこに書き込めるのです。ただし、AさんがBさんのウォールに書き込むと、AさんのFacebookにも、AさっんがBさんのウォールに書き込んだという痕跡が残る仕組みになっているのです。実はこれがくせ者で、Aさんと友だちで、Bさんとは面識のないCさんは、AさんのFacebookを通じてBさんに辿り着けるのです。

他にもFacebookには、友だちの友だちは友だち、その友だちもまた友だちといったように、人と人が繋がっていくための様々な仕組みが施されています。例えば私が20人の人とFacebook上で友だちになったとします。そしてその20人はすでに100人ずつの友だちを持っていたとすると、私の「知り合いかも?」は一挙に2,000人に膨れ上がることになるのです。その全員を画面上で表示させることもできます。

一瞬「友だち」って何なの?と考えてしまいました。新明解で調べてみると「一緒に何かをしたり遊んだりして、気持の通い合っている人」とあり、事例として、遊び・・、飲み・・、幼・・、喧嘩・・などが挙げられていました。果たしてその事例の中に「Facebook友だち」も入ってくるようになるのでしょうか。

Facebookの善し悪しは、もう少しつき合ってみないと分かりません。でも大事なことは、仕組みの善し悪しよりも、どんなふうに利用するかという、使う側の主体性の問題なのかも知れませんね。今回も、しばらく音信が途絶えていた方の名前が「知り合いかも?」の中にあって、これを機会にまた交流できるようになりました。
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高幡不動へ初詣に行ってきました

3日に妻と高幡不動へ行ってきました。1月28日が初不動の日で、母が元気だった時には、その日に必ず護摩を焚いてもっていました。私たちではその日に行ける保証がないので、正月三が日のどこかでお参りに行って、ついでに初不動に焚いてもらう護摩を予約してきます。それを郵送してもらっているのです。

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3日とはいえ、境内はまだ大勢の人でごった返していました。それでもこの日は大分少ない方で、1日や2日などは駅を出るとすぐに参拝客が並ぶほどに混み合います。護摩を予約し、不動堂でお参りをし、その裏手の出店で達磨を買って、それから一番奥にある大日堂をお参りして戻るのがいつものコースです。でも今回は、妻に誘われて大日堂から左に登る散策路の方まで足を延ばしてみました。

そこはアジサイの名所なのだそうで、立ち枯れたアジサイが行く先々に残っていました。境内はあんなに人でイッパイだったのに、そこを訪れる人はまばらで、まるで別世界でした。散策路内には四国八十八か所になぞらえて88体の石仏が置いてあります。五重塔から登り始めると、その番号順に辿れるようですが、私たちはその逆のコースを辿り五重塔へ下りてきました。

思いがけずに、喜怒哀楽の表情をした石仏に出会うことができ、今年は何かいいことがありそうな初詣でした。アジサイの時期に、またゆっくり行ってみようかと思いました。

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4日は里山の初仕事、暮のうちに干しておいたダイコンを漬けてきました。

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早速新年会でした

今日(もう昨日になりましたが)は娘の嫁ぎ先の新年会に招待されて行ってきました。場所は何と銀座四丁目、その窓からはこんな景色が見えていました。

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銀座で新年会だなんて、田舎者の私にとっては初体験、暮には青山のイルミネーションと新宿でのディナーショー、そして正月は銀座、何だかこの歳になって少しずつ都会人になっていくような思いです。

孫の歌い初め・・・

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銀座四丁目で全員集合

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家に帰ったら、わびすけがこんな顔をして待っていました。

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明けましておめでとうございます

明けましておまでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

大晦日の午後10時から午前2時まで神社のお務め、そろそろお仕舞いという頃に、コレクティブハウスの高取さんから電話、皆さん待っているからということでした。一旦家に戻って自転車で新年の挨拶に出かけたのですが、さすがに残っていたのは精鋭部隊だけ、しかも皆さん眠そう、大橋さんなどは蹴飛ばしても起きないぐらいに爆睡していました。

3時過ぎまでお付き合いをして、それから風呂に入り寝たのは午前4時過ぎでした。1日はいつも正午から里山でお祓いをすることになっているので出かけたのですが、畑の中を歩いていたらモズが・・・この辺りではめっきり見かけなくなったので、思わず携帯を取り出してパチリ。でもやっぱり携帯のカメラではダメですね。特に望遠では・・・。ふだんからちゃんとしたカメラを持ち歩くべきだと今年の初後悔でした。

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夜になってやっと年賀状を書きました。このところずっと暮に年賀状を出せなくて、来た方だけにコメントを添えて出しています。今年の絵は妻が京都の漬物屋さんを描いたペン画です。

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今日も午前中は神社の当番があり、夜は都内で新年会・・・相変わらず忙しい1年になりそうです。
いずれにしても、今年こそ良い年にしたいですね。そうなるようガンバリたいと思っています。
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今年もお世話になりました

このブログにお付き合いいただいている皆さん、この1年大変お世話になりました。東日本大震災と原発事故さえなければ、私にとってはまあまあ、恙無い1年だったと言えたのでしょうが、それだけが残念です。特に故郷が福島だけに、いつもそのことが重苦しく心にのしかかっていた1年でした。

それでも新年に向けて家の掃除も終わり、今日は少しまったりしています。正月の飾り付けも一昨日に済ませました。玄関には昨日妹が花を活けていってくれました。
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ところでこの辺りでは地元神社が取り寄せて配る正月用のお飾り用具を「おかまじめ」と呼んでいます。なぜ「おかまじめ」なのだろうと以前から疑問に思っていたので調べてみると、新しい年も火事などの火の禍がなく、食べ物にも困ることがないようにと火の神様である竈の神様(竈三柱大神)の荒神様を迎えるための用具だからということが分かりました。我が家では、お社の置いてある神棚ではなく、台所にある荒神様にだけに正月飾りをする習わしなのですが、その理由がこれで分かりました。

「おかまじめ」セットの中につい数年前から、写真のようなお札が付いてくるようになりました。デザイン的には好みだったのですが、どんなふうに飾るのかが分からず、これまでは神棚に置いておくだけでした。

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今年封筒からそのお札を取り出した時に、ふと能登を旅行した時に同じものを見たような気がしたので、パソコンを立ち上げ、その時の写真を調べてみると確かにありました。商店の入り口の白壁に貼ってあったのです。その時、正月らしくてとてもいいなという印象だったので、我が家でも今年からこれを玄関に飾ることにしました。

ついでに歳神を調べてみると、毎年正月に各家にやってくる来方神で、地方によってはお歳徳(とんど)さん、正月様、恵方神、大年神(大歳神)、年殿(としどん)、年爺さん、若年さんなどとも呼ばれる。「歳」は稲の実りのことで、穀物神である・・・とありました。
昔からの習慣を引き継ぎ、何気なく正月飾りを行ってきましたが、どれも農耕文化に由来した風習だったのですね。今頃になってようやくその意味が分かりました。

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ところで今日、いつものごとく田舎からソバが送られてきました。弟が昨夜打ったソバです。1週間前から寝かせたソバ汁も一緒でした。10割ソバで、腰があってメチャメチャ美味しいのです。今夜は妹夫婦もやってきて蕎麦パーティ、楽しみです。でもあまりゆっくり飲んでいるわけにもいきません。10時には参拝客をお迎えするために神社に出かけなければならないからです。

それでは皆さんよいお年を・・・。
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コレクティブハウスのクリスマス会

今日はコレクティブハウス聖蹟のクリスマス会でした。とても楽しい会で、たくさんの人が集って暮らしを作り続けることの素晴らしさを再認識させられました。

以下、写真でその楽しそうな雰囲気を紹介させていただきます。

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このケーキはすべて手づくりです。

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ついでにもう一枚、23日に行った我が家でのクリスマス会の様子です。

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